前エントリーより続く
坂中英徳に物申す 第二弾!
坂中氏は「外国人労働者で労働力を補完しようという受け入れ論は20年前の議論である」として、これには「反対」としている。
単に労働力レベルの問題ではなく、ともに日本を担う人材として移民の受け入れを説き始めた。
これが今までとの違い(?)である。
意図しているところは同じなのに、単に労働力を補完するのではなく、日本という国を構成する要員を補完しようとして多民族共生を云々し始めた。
何のことはない。
言い方を変え、労働人口から日本の人口へと捉え方を拡大しただけなのだ。
だから坂中氏は「外国人技能実習制度に反対」であり、これを「即座に廃止すべきである」と説く。
これは研修や実習の名を借りて、安価な労働力を外国から補完するものに過ぎない―と。
今夏、インドネシアから看護士・介護士が初めて受け入れられるが、坂中氏は「現地では思うように人は集まっておらず、募集に応じてきた大部分が募集要項をクリア出来ていない」状況を明かした。
「定められた期間で研修なり語学講習を受けたところで、大部分の人がテストに落ちるだろう。
外国人研修制度と同じ末路をたどるのではないか」との見方を示す。
要するに看護・介護の現場でも外国人研修制度と同じように労働力の使い回しが行なわれ、定められた期限が来れば新たな看護士・介護士が使い回されるというのだ。
だから坂中氏は「優秀な人材を恒久的な形で受け入れる方式が望ましい―」と説くのである。
「若い外国人女性に介護してもらうことは、介護される側にとっても嬉しいものだ」と色気を売り込むことも忘れない。
早急的に取り組むべき課題として、「在留期限の拡大など入管法の改正や移民庁設置で社会的統合を図るべき」であり、同時に坂中氏は「民族差別禁止法などの法律が必要である」ことに言及。
その理由として「日本に外国人差別が多いからではなく、移民と日本人が良い関係になるため」として「とりわけ日本人に排外思想が強いわけではない」と付け加えた。
要するに「日本人の側の意識改革が必要である」と坂中氏は説くわけだが、現実問題として世論の理解を得ることは不可能であることが講演終了後の質疑応答で露見した。
…アンタの質問にばかり答えても仕方がない…
異論は封殺する姿勢と「何とかなるさ」のお気楽さ
世論の理解と言うよりは、移民受け入れを説く側がそれに足る説得力を持たないと言ったほうが適切かも知れない。
質問者として真っ先に挙手したのは『外国人参政権に反対する会・東京』の村田春樹氏。
質問の前に、これまで日本が経験したことのない異民族の大量受け入れを実行し、多民族共生という壮大な計画に臨むべきとしている坂中英徳氏を「歴史に名を残すのではないか」とした賛辞は、最大の皮肉と言えよう。
それほどに坂中英徳という人物は?神のみに許された権限?を行使して、日本民族にとてつもない試練を与えようとしている。
欧州特にフランスでは移民による暴動、または移民同士の衝突が常態化している背景には移民という存在が最貧困層に位置づけられて社会構造化してしまっている。
介護一つとっても、介護従事者としてやって来た者がそのまま介護に従事しているとは思えない。
より良い環境を求めて動くのが人間の性(さが)である。
必然的に限られた労働市場において日本人との間に衝突や軋轢が生じる社会不安は避けられない。
またフランスはアルジェリア系移民との間に問題を抱えているように、移民の受け入れに踏み切れば特定の国からの移民に問題が集まりやすい。
日本の場合、隣国には13億の人口を抱える国があるが、これなどは他国に例を見ない脅威である。
坂中氏らが言うように教育や法律を定めるのみで、欧州で起きているような移民問題をクリア出来ると考えるのは甘いのではないか?
また、介護に従事するにせよ介護を要する老人というのは、同じ日本人でさえ分かり難い表現で自身の症状を訴えてくる。
例えば「背中がせわしい…」といったように。
介護を要する老人らは、これまで日本という文化の中で生きてきた、いわば我々の大先輩である。
それを介護するには日本の文化を知らずして、単に言葉のやり取りのみでは十分なコミュニケーションは図れないのではないだろうか?
思い出話ひとつとっても、地名や地域の歴史、人名でまったく会話が噛み合わないようでは話にならない。
人と人の関わり合いとは、そんなに容易なものではない。
飲食店に行って単に品物を注文するだけなら良いが、それとて最近では店員のリップサービスが売り上げを左右されるとされ、日本人の高齢者が人との接し方に長けているとして重宝される傾向が見え始めている。
また、このように人口が減少しているから移民に頼るといった現在の自民党政権は、もう終わっているのではないか?
―などなど、村田氏の質問は6項目くらいにまで及んだが、反対意見の人はこれくらいのことは訊く。
演壇で質問を受けていた坂中氏は途中で質問を遮り、聞き及んだ部分のみに関して簡潔に答えはしたものの「大統領が新しく変わったフランスでは、同化教育が推進されるようになった」だの要領を得ない。
人口減少について「日本人がそのようにしてしまった責任がある。だから介護要員を外国から受け入れざるを得ない」云々したが、本来、年老いた親の面倒を見ることなど当然のことではないか!
どのような事情があるにせよ年老いて介護を必要とするなら、これを面倒見るのは子供以外になく、そのようにさせるよう努めるべきだろう。
だから私はそこで移民の受け入れという日本の針路を左右する問題を―
「安易に決めて良いのですか!?」
―と野次を飛ばした。
坂中氏は「だから、それを国民的議論で話し合おうとしているんです。今は提言しているだけですから…」と私に言ったが、こんな重大なことで移民大国のような夢想論を述べるなら自身の日記やブログに書き留めて眺める程度にとどめてもらいたい。
坂中英徳氏のブログ『SAKANAKA CHANNEL』
http://blog.livedoor.jp/jipi/
共生を謳い文句にする福田現政権の呼びかけに応じて、元入国管理局長ともあろう者まで音頭とりをして国の舵切りを誤らせようとするのは、はたはた迷惑というもの。
続いての質問者は概ね坂中氏の意見に肯定的なものばかりで、反対論者を心底納得させなければ為にならない。
中にはフィリピンで介護事業に携わっていたという方が「日本人が外国人と上手く共生出来ないのは、日本人がグローバルな意識を身につけていないからだ」と意見されたが、そもそも世界基準とは何か?
日本では日本としての立場なり文化を主張しなければ、国際交流にも何にもならない。ろくに日本のことも主張できないから日本人が舐められるのではないか?
シンポジウムの終了後、私は坂中氏に対して―
「国民投票をやりましょう!」
―と呼びかけた。
坂中氏は苦笑しながら「それは政治家の仕事だ」と返してきたので、私は「国民的コンセンサスを得なければいけないんでしょう!? 自民党と議連に提案して下さいよ!」と、再度申し入れた。
坂中氏は「やらない」と言った。
日本人の意識改革を求めるだの国民的議論・理解が必要だと言う割には、それを決する手段には問いたくないと言う…。
これほど推進派が自信がないのだから、移民受け入れに到底理解が高まるはずもない!
何が国民的コンセンサスだ!
国民を愚弄するのも、ええ加減にせい!


演壇に立った坂中氏は「移民立国」と称して―、
坂中氏らの提言で、受け入れ対象とされる移民は次の通り。

首都・東京に大規模なシナ人居住区を許してはいけない!





























