「暴力団排除条例」の効果てきめん!
やがて「結社の自由」と「主張する権利」にまで規制が及ぶ

さる10月1日、東京都をはじめ全国規模で施行された「暴力団排除条例」(略称:暴排条例)の効果は急速且つ広範に及んでいるようだ。
広域暴力団の系列にある某右翼団体が関係者への書状を発送した。全国規模で支部組織を持ち、右翼活動家ならずとも知られた右翼団体である。
書状には「今後一切いかなる行事、催物、交流への参加はご遠慮させて頂きます」とする旨が記されていたという。即ち講演会や記念パーティなど他団体との「義理がけ」を一切行なわないとする団体声明である。
暴力団とその影響下にある右翼団体にとって、義理がけは多額の現金が動く相互扶助のようなもの。こうした相応の付き合いの中でヤクザも右翼も組織の枠を超え、互いの存在を認め合ってきた。
現在、右翼・民族派団体と称する団体の多く(8割、9割とも言える)が暴力団の直接的な配下にあったり、ケツモチ(面倒見)を依頼していたり何らかの関係があるとされる。
暴排条例の狙いは暴力団そのものがどうと言うよりも、暴力団の周辺で何らかの便宜を図っていたり、利益を供与している企業・団体、関係者への締め付けを第一段階的な目的とした、言わば「兵糧攻め」の条例と言えよう。
栃木県内の右翼団体『愛国通信同盟(仮名)』の代表は、以前は広域暴力団組織に属していた正規構成員だが、つい最近、上部団体が破門・解散となったため自らも足を洗った。しかし、暴力団構成員のまま右翼団体代表として機関紙などを発行していたら、自らへも火の粉が降りかかってきただろうと回想する。
配下の右翼団体がどうこうよりも、その団体が発行している機関紙を購読している企業、店舗、個人購読者も「暴力団の周辺」と見なされて警察からの警告がなされてしまう。
そうなれば企業からの協賛金を受けるどころか、その企業自体が「暴力団関係」として会社名などを公表されてしまい、たちどころに全てが潰されてしまう。右翼団体としてみれば自らの政治的行動を支援してくれている人々に仇をなすことになりかねない。そうした懸念から解散に踏み切った団体も少なくない。
前述の有名な右翼団体も他団体(つまり他の暴力団組織の配下)との付き合い一切を断ち切ることで、自らの存続を図ったものである。
右翼のみならず「同和」も同様である。明治時代からの流れを汲む暴力団との親交のある然る伝統的(?)な同和団体は、警察からの再三にわたる警告の末、遂に解散。同和対策事業費を求める新たな同和団体を結成したという。ある建設業界のパーティにも団体二十数名で出席した折、他の出席者から「ああいうのが来ていて大丈夫なのか?」と憂慮されたようだが、主催者は「暴力団とは関わりが無い」というタテマエで出席させたという。
それにしても右翼団体はともかく、同和対策事業とはこれまた日本に不必要な事業だが、暴力団はありとあらゆるアンダーグラウンドに例外なく関わっているのが実情だ。
東京都内を拠点とする別の右翼団体『七生報國会(仮名)』の会長は、ある暴力団組長から依頼を受けたという。何でも「自分のところを破門にした元組員が右翼団体に入っていて、こんなことを看過していたら自分の面子が立たない」というものだった。その右翼団体とは「靖国神社内を拠点・事務所にしている英霊顕彰社(仮名)だ」と息巻いており、団体構成員となった件の元組員は「何かやれるものならやってみろ。こっちには御上が付いているんだからヤクザが何しようが怖くないぞ」という具合に啖呵を切ったと言う。
依頼を受けた同団体の会長は一笑に付す。靖国神社が民間の団体に事務所・拠点を提供したりするはずはないのだから、靖国神社内に事務所を持つとする団体は架空で実態のないものであることは関係者なら容易に想像がつく。
しかしながら、暴力団組長でさえ破門にした元組員による掟破りの行動に、何らのリアクションも起こせなくなっている状況を物語っていよう。
埼玉・栃木両県をまたにかけて発生した暴力団同士の抗争でも、このご時勢では迂闊に大戦争に発展しかねない喧嘩沙汰は起こせない。両者の間には別の暴力団組織が仲介して話し合いでの解決が待たれているという。
また、今年の12月14日に東京・六本木で発生した十数人の男による山口組系暴力団幹部への襲撃事件は、関東の広域暴力団関係者による犯行であったことが関係者の間で発覚しているが、これも話し合いが持たれた結果、「手打ち」が成立したと伝えられる。
それほど暴力団同士でも些細な揉め事さえ起こせない、身動きがとれないのが実状だという。然る元関係者は「よほど金銭的な余裕のある上層部の幹部連中ならともかく、それでも六十を超え、七十前後になった年齢でまた懲役刑だ何だというのも応えるんだろう。喧嘩はしたくないのが本心ではないか」と話す。
事を起こして組織全体が責任を追及されるどころか、ただ付き合いがあるというだけでリース会社や庭師、葬儀屋、印刷屋といった類の業者まで「関連会社」として社名を公表され、銀行からの借り入れや口座で取引すること、事務所・店舗を借りることさえ出来なくなってしまうため、一斉に身を引かざるを得なくなった。
「今どきヤクザや暴力団を標榜したところで、メリットが無いどころか、ますます社会生活に支障をきたす。人並の生活を営むことさえ厳しくなるのではないか」というのが元関係者の見解である。
また、ある法律事務所の職員が話す。
「昔は極道、任侠道という言葉が生きていたが、戦後になって『暴力団』という呼称が定着してしまった。博打やテキヤ稼業をやっているうちはともかく、カネのためにあらゆる方面に進出し、それが大規模になってくれば暴力団と言われてもやむを得ないでしょう。
そうなってくると、うちの法律事務所などでも国選は別として私選での暴力団の弁護は引き受けづらくなります。昔なら共産党やら左翼が『人権、人権』と言っていましたが、暴力団にまで人権を与えるのかというのが世間の風潮でしょう?
先ごろ暴力団から持ち込まれた弁護の依頼でも、事務所の会議で他の弁護士先生方と協議した結果、受けてはいけないとする結論が出ました」
最近、刑務所内での職員による暴力事件や食中毒などが盛んにマスコミで報道されているが、世間の反応もセンセーショナルだと思わなくなってきた。受刑者の態度に問題があるというのが一般的な見方だし、そこで受刑者に何があろうと犯罪者が死んだからってどうなの、という受け止め方だろう。
また、保守系団体『青雲・志士の会(仮名)』が最近になって千葉県内に活動拠点となる事務所を開設したところ、地元の暴力団からクレームが入ったという。事務所の責任者は広域暴力団の有力者と個人的な親交があったことから相談。結果、「うちの組で話をつけてやるよ」ということになったので、ケツモチとしての話し合いに出てもらうかどうかを団体のスポンサーに委ねたという。
話を受けたスポンサーは「ダメだ! 暴力団を使うな!」として、広域暴力団の有力者が団体の代理人として話し合いの場に出ることを拒絶したという。そのスポンサーに話を訊いてみた。
「警察というのはズルイ。地元の暴力団を焚きつけて新興の暴力団を追い払うようなことを昔から繰り返してきたものだよ。
うちが広域暴力団の有力者に解決を依頼してごらん。どういうことになるか? 地元の暴力団と警察もある意味ではツーカーの仲なんだから、うちのバックにどこそこの組が付いているということがモロにバレるよ。
警察も暴力団も、向こうはちょっと探りを入れることで、どういう連中が背後から出てくるのか、それを様子伺いしているんだからね」
何か事があれば全てを最高権力である警察に委ねるべき、というのが方針で、こうしたことから以前のように暴力団が活躍する場(隙間)というのはなくなりつつある。
暴力団も身動きが取れない状態で、債権回収などのシノギ(仕事)では暴力団が不良中国人を使って取り立てさせるといった傾向が目立つという。
★東北・復興への兆しが見えない混沌…
「仙台は凄いよ。繁華街は未だかつてない人だかりだと地元の人が驚いている。復興が進もうが進むまいが業者が集まれば、歓楽街の風俗だとか水商売で稼ぐために東京からも女が続々行っているみたいだね。地方都市の繁華街が歌舞伎町以上の『バブル』だよ」
東日本大震災の復興に関連して、東京から宮城県に赴いた然る工事関係者の話である。
被災地では既に「解体」は終わっているようだが、瓦礫の山でそこから先が進まない。再び工事関係者が話す。
「進まないのは民主党政権だからと言うに尽きるな。建設関連の会社なんて元を辿ればどこもヤクザみたいなもので、そういった組織と多かれ少なかれの関係はあるだろ?
そういった会社が表立った復興事業から弾かれてごらん。復興なんて進むわけがない。自民党の頃なら、そういうゼネコンとか持ちつ持たれつ、しがらみの中でやってきわけ。ところが、暴排条例で網をかけちまったから、どこも動くに動けないわけさ」
仮に自民党政権であったとしても暴排条例の施行や復興作業の進行に大きな変化は見られなかったのかも知れないが、終戦直後の混乱も然り、崩壊と混沌の中でこそ逞しく動く生命力を見聞きした思いだ。
復興が進まないとするなら、「復興を目指す!」と掛け声は息の良い私たち日本人が思い描く復興へのビジョンが違っていると言えるのかも知れない。
暴排条例にしたところで何らかの変化を促す必然である。決して暴力団を擁護するわけではないが、今の状態で身動きが取れず、立ち行かなくなるというなら大昔にあった状態に戻るしかない。
要塞や豪邸のような事務所を構え、高級外車を乗り回して、高級スーツに身を固めるような生き方を追求するから上納金を搾り取ろうにも取れ難くなって立ち行かなくなるわけで、そうした固定概念と言うか既存の価値観から脱却してしまえば実は何のことはない。
大組織を維持するのが困難だと言うなら、何分割にも分かれてそれぞれがやり易いようにするしかないだろう。
これは一般社会についても同様のことが言えるわけで、壊滅的と言えるほどバラバラに崩れたものをまた元あった状態に戻すことに終始していては能がないし芸もない。第一、それらが築き上げられた時と、バラバラに崩れた今とでは状況的にも異なる。
元あった「繁栄の状態」しか頭にないから復興へのビジョンも乏しくなる。今年発生した3・11の大地震と原発事故は日本人にあらゆる面での地殻変動を強いたと言えよう。
暴排条例を生んだ機運は一般社会にも様々な変化を促している。前述のように人権の定義も然りだが、暴力団絡みで匿名掲示板サイト『2ちゃんねる』を運営する企業に警視庁の手入れが入ったようだが、こうした出来事に「言論統制だ」とか「表現の自由への侵害だ!」とする批判をまったくと言って良いほど聞かない。
同条例を生んだ機運は次第に大掛かりな政治・社会運動の組織や結社をもつくらせない法律の施行へと繋がるのではないか。
しかし、私はこうした傾向を国家権力による圧政・規制強化だとして非難するつもりは毛頭ない。
それは近代国家という枠組の中で、本来的に当然起こるべき事柄であって、そうした中でもより良い体制(国の在り方)を求め、なおも逞しく生き続けなければならない現代人の宿命なのである。










事件は平成18年6月23日に栃木県上都賀郡西方町真名子(かみつがぐん・にしかたちょう・まなご)で発生。駐在所勤務であった平田学巡査部長(事件当時は巡査)が付近を徘徊していた二人の中国人に職務質問。その際に逃走した二人のうち一人、





















さる12月23日、今上天皇陛下が78歳のお誕生日を迎えられた。隣国の独裁者が死去した直後だからこそ、一般参賀で天皇陛下のお誕生日が盛大に祝われたことは一段と喜ばしい。
続いて「偽住所」については、何でも様々な嫌がらせや脅迫めいた出来事(?)が相次いでいたため、レンタル・オフィスの住所を用いたりした過程で、自身が身の危険まで感じたこともあってあらぬ誤解を与えた旨を云々…。






















韓国大統領・李明博は17日に来日したが、そのお膳立てとして行なわれた人間の鎖も虚しく、翌18日に京都迎賓館で行なわれた日韓首脳会談の席上では首相・野田佳彦が持ち出された旧日本軍の従軍慰安婦問題について、「わが国の法的な立場は決まっている。決着済み」として政府間協議には応じない姿勢を明確にした。



























