2005年08月14日

日々の戦い

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我々の活動は日々の行動から始まっている―。
 
 午後10時を過ぎた頃、階下のビル玄関の鍵がかかっているか、確認に向かう。我がNPO外国人犯罪追放運動のメンバーがテナントとして入居しているビルは午後9時以降は玄関の鍵を閉める決まりになっているが、時折、鍵を閉め忘れる人もいるため、その確認のためだ。勿論、上階に住む大家も確認してはいるが、それでも見落とす場合もある。そうした目の届き難い箇所をカバーすべく我々入居者は極力協力すべきであると思う。
 
 以前、深夜にもかかわらずビル玄関の鍵を開けっ放しにしていたところ、ホームレスが侵入し、糞尿を撒き散らされたことが数回あった。
 我々入居者としても実に腹立たしい限りだ。それ以降、このビルでは夜間、ビル玄関の施錠を周知徹底している。しかし、中々決まりを守らない住人もいるため、外国人犯罪追放運動の仲間が厳しく注意をしに行ったこともあった。
 我々が深夜まで、時には徹夜での業務を行なっていた時のこと、ベランダから前の通りを見渡すとビル周辺でゴミ箱を物色しようとしていたホームレスがいた―!!私の視線に感付いたのか、ホームレスは物色するのをやめて立ち去っていく…。また、ある時などビルの倉庫前を根城にしていたホームレスに対して立ち退くように勧告したこともある。ビルの敷地内における立小便なども許さない。極力、ゴミも拾う。
 
「ピッキング防止のために」
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 我々の事務所ドアには防犯カメラが設置されているが、こうした行動もビルの所有者を突き動かした。
 我々が「事務所のドア鍵をピッキング防止用のものに取り替えてほしい」旨を申し入れたところ、大家は「これを機に」と、ビルの全てのドア鍵を取り替えてくれたのである。
 もとより、付近で相次ぐビル荒しに対して大家も神経を尖らせていたが、直接的なきっかけは我々がピッキング事件の続発を自らの行動で伝え、危機意識を煽ったことによるのだろう。
 
日々の活動
 
 ここで言いたいのは、何も地域の防犯活動に無理に参加する必要はないし、近隣住民の全てと無理に仲良くする必要もないから、最低限、自宅や勤務先の周辺で起きていることには気を配ってくれということだ。
 我が外国人犯罪追放運動のメンバーには会員証を携行してランニングなど野外での体力強化に取り組んでいる者もいる。また、メンバーが揃って飲食をした際にも、行き帰りの行動が即ちパトロール活動にも直結している。そのように妙に型にはまった仰々しいことをしなくても良いから、目の届く範囲で可能なことから始めてくれればいい。
 
 過日、事務所周辺の道沿いで花壇に腰掛けている老婆に声をかけた。どうやら買物帰りで、疲れたので一休みしていたようだ。自宅はすぐ近所だという。この老婆と会うのはこれで2度目だった。この時は急用のため先を急いだが、次に会った時は荷物を持ってあげようか。
 これは何も特別なことではないが、私は顔見知りの御老人と道でばったり出くわした時、代わって荷物を持ってあげることがよくある。老体にムチ打つかのように重い(我々にとっては軽いが)買物袋を提げていたなら、目の届く限り、若い者が手助けするのは至極当然だろう。その御礼の意味もあるのだろうが、我々が深夜まで業務を行なっている時、彼ら近隣住民が「ご苦労様」と言って、缶チューハイなどの差し入れをくれることもある。このたった一言がとてつもなく有り難く感じられるものだ。
 そうした積み重ねが地域の信頼・協力関係を構築し、やがては防犯・治安の回復にも繋がると信じてやまない。
 
 何も常時、困っていそうな人を探してキョロキョロする必要はないのだ。道行く女性に声をかけたいほどハイ・テンションになった時、その意気を近隣住民への挨拶に転化させても良いのでは?

ある元警察官の話によると、泥棒がもっとも侵入し難い町並というのは「住民が互いに挨拶を交わす街だ」という。つまり、それほど他人事への関心が向いていることのあらわれで、逆に近隣住民が全く挨拶を交わさない町というのは他人事に無関心であることのあらわれなのだろう。

また、米・ニューヨークの雑居ビルでは、ガードマンを努めていた老人男性がいなくなった途端に侵入窃盗事件が多発した実例もある。どんなガードマンであれ「いる」と「いない」では大きな違いがあるということだろう。これは地域でのパトロール活動にも言い換えられる。決して無力ということはないのだ。
Posted by samuraiari at 15:29 │ このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック