宮城県で警察官の拳銃を奪おうとした少年が逮捕された。
何でも「警察官の職務」について質問するふりをして駐在所を訪問し、警察官が油断した隙に拳銃を奪おうとしたらしい。その際、警察官は少年が所持していた刃物で刺されて重傷を負ったが、もみ合いの末に取り押さえた。生命に別条はないという。
この手の事件は度々起きている。かく言う筆者も子供の頃、警察官が携帯している拳銃に興味を持ち、腰のホルスターをしげしげと眺めたことがあった。
しかし、いくら何でも警察官を襲撃してまで拳銃を撃ちたいと思うだろうか。
筆者が子供の頃はモデルガンを持って自己満足していたものだ。確かに撃ちたいという願望はあった。それにしても警察官を襲うなどはリスクが高過ぎる。第一、非力な子供の力で打ち勝てるわけがない。万一、複数で襲撃に成功したとしても、その後には悲愴な運命が待ち受けているだろう。
そもそも、そんなリスクを犯さずとも国外に出るなど合法的に拳銃を撃つ方法はあるはずだ。海外旅行のツアーでは試射企画などいくらでもある。
人間とはそのような計算の上に公的な精神や理性を形成しているわけであり、それが崩れた時に大事(おおごと)が起きる。
要因は様々であるだろうから一概に論ずることは出来ないが、今回の少年にせよ、身体ばかりが成長して「合法的に拳銃を撃つ方法」を見出せるほど世間知が広くはなく、また、そこに至るまでのプロセスを経るまで待ちきれない。要するに幼児のままで「今すぐ○○したい」という気持ちが先に来て、それを抑制すべき理性など持ち合わせてはいなかったのではあるまいか。
昨今の青少年は厳しいヤクザ社会のしきたりには魅力を感じなくなっているという。一方、掟すら存在しない外国人犯罪者集団と結託する可能性の方が高くはないだろうか。事実、薬物の売買などは暴力団に接触せずとも外国人の密売人を介することで安易な入手が可能になった。
事件の背景から世相が読み取れそうである。




























