
白昼――我が『外国人犯罪追放運動』の顧問の一人が東京都新宿区の信濃町周辺を歩いている時のことだった。
突然、数人の男に取り囲まれたのである。
何処へ向かおうとしているのか―?目的は―?職務質問のようだが、彼らは警察官ではない。
振り払おうにも進路を妨害され、身柄を拘束されかねない状況だ―。
「一体、何事だ!法治国家でこのような横暴が許されるのか!?何の権限があって、どのような理由で他人の行動を妨害するのか?」
新宿区信濃町でピンときた方は多いだろうが、ここは創価学会の本拠地である。
断っておくが、ここでは創価学会の信教の是非を問うているわけではないし、我々は創価学会に必ずしも敵対するものではない。前出の顧問の長女は創価学会の信者であるし、メンバーの中にはその教義に理解を示し、選挙の毎に学会信者が推す特定の政党に投票していた者もいるくらいだ。
問題は町中で平然と他人の自由を侵害する行為にある。
創価学会ほどの組織になれば敵対する勢力も存在するだろう。そこで創価学会に敵対する活動を展開していたというなら話は別だ。何故、何らの非もない通行人が自由を侵害されなければならなかったのか。
信濃町には私も行ったことがある。取り囲まれて進路を妨害されたことこそないが、町の至るところに学会の警備要員と思しき男たちが立っていたのが印象的だった。創価には「牙城会」と「創価班」という部門があり、この二つが主に組織防衛を担っているという。別の道を通って、ふと前方に目をやると、まるで私の動向を把握して回り込んで来たかのように男が立っている―。この時、学会の組織力と言うか、この地域における創価の影響力を肌で感じ取った。
確かに…治安は良さそうではあるが。
独裁国家を彷彿とさせる監視体制に、混沌・退廃を極め、治安の悪化が憂慮される社会に規律を取り戻すには何らかの強制力をもって臨む以外にない現実を突き付けられた日を想起した。




























