たったの懲役3年!
メディアから完全封殺された暗黒裁判で遂に判決下る!
無いはずの右足が圧縮され、
電気が走るような激痛―!!
平成20年6月26日、東京地裁―。
昨年12月22日に東京・JR御茶ノ水駅で支那人(中国人)の男・李志被告によって男性警察官の岡野たかお氏がホームから突き落とされ、右足切断、頭蓋骨骨折、腰骨粉砕などの重傷を負わされた事件の判決が第531号法廷で言い渡された。
世間からの注目がまったくと言ってよいほどに注目されていなかった事件の公判は、回を追うごとに傍聴者が増え続け、第六回目となる判決公判では遂に「整理券」が発行され、抽選での傍聴となるに至った。
同日、東京地裁前には各テレビ局のクルーらが取材に押し寄せて混雑していたが、これは他の裁判への取材であり、抽選での傍聴券が配られた御茶ノ水駅事件は完全にメディアから黙殺・封殺されたままだったのである。
テレビ・新聞で続報が伝えられることは皆無であった同事件の公判で、このほど「御茶ノ水駅での事件を目撃した」という方も馳せ参じて傍聴券を求める列に並んだ。
何故に東京地裁まで足を運ぶ気になったのか―?
「インターネットで(裁判の告知を)見ました。これは私が御茶ノ水駅で目撃した事件だ―と思って」
メディアがメディアとしての使命を果たして正当に報道していれば、いかに福田政権から司法に対して「指揮権」が発動されていようとも、いかに李志被告の親が中国共産党で相当な地位にいようとも、世論の目が厳しく注がれることで、もう少しはマトモな裁判になっていたのではないだろうか。
公判の冒頭、検察側は「岡野たかお氏は、未だに(無いはずの)右足が圧縮され、電気が走るような激痛に襲われる」と被害者の現状を述べた。
また、「事件から半年を経ても未だに退院の目途が立っていない」ことも被害者の奥様からの証言で明らかになっている。
未だに病床にあり、退院したとしても重度障害を背負って今後何十年に渡って生きていかなければならない―。
事件を目撃し、このほど初めて公判を傍聴するために東京地裁を訪れたという男性は「揉み合いの最中に(李志被告)が手で振り払った直後に(被害者が)線路上に落ちたんです」と語っていた。
たとえ突き落とす意思はなかったにせよ、ここまで被害者に重い障害を背負わせておいて、検察側の求刑がたかだか「5年」というのは軽過ぎだ。
まして因果関係が明白である以上、日本人のごく普通の感覚で言えば深い謝意を示して当然だろう。
だが、この李志には謝意や反省というものが微塵もない。
今回の法廷で大きな変化は、弁護士が交代していた。
支那人凶悪犯を弁護することで曰くつきの藤本建子は弁護を降りて、他の弁護士に代わっていたのである。
しかし、この弁護士も李志被告も口をついて出るのは「示談金を集めることに奔走した」というものであり、明らかに自らへの心証を良くすることを意図したものであることは明白だ。
当初、李志被告側は被害者の岡野さんとその家族に対して、代理人を通じて「8千万円」での示談を持ちかけていた。
だが、実際に李志被告が用意した現金は2千5百万円プラス保釈金で戻ってくる5百万円を合わせて計3千万円。
裁判もいよいよ判決という段になって、被告側が持ちかけた示談工作により、法廷では再び審理が行なわれることに。
検察側から「どうやって現金を工面したか?」という質問に対して、李志は「自宅のマンションを売り払い、これが1千万円くらいの値打ちはありました。その他、会社に勤めていた時に所有していた株を売却したものと示談金で戻ってくるお金です」と説明。
…また意見陳述で、お金を工面するために「友達や知人から借りた」とする苦労話を強調することも忘れない。
続いて証言に立った被害者・岡野さんの奥さんは「当初、聞かされていた8千万円という額の半分にも満たない額で、到底、謝罪の意思は感じられない」として示談を拒否。
なお、被害者である岡野さん本人は病床で「ふざけろ―」と憤りを露わにして、飽くまでも「実刑を望む」と話したという。
裁判の傍聴後、『主権回復を目指す会』の西村修平代表は、こう振り返った―。
「今まで示談を持ちかけずに、この段になって示談を持ちかけるというのがおかしいじゃないか。
判決を前に心証を良くしようという作為的なものが感じられてならないね」
本当に示談を成立させるつもりがあったのか―、ますます疑わしい。
『維新政党・新風』埼玉県本部の渡邊昇幹事長は次のように推察する。
「示談金を支払った後に有罪判決が出たとしたら、李志にとっては損だ。だから、この段になって持ちかけたのではないか。3千万円なんて額にしても小出しにしているとしか思えない。
何にしても殺人未遂で起訴すべきを傷害罪で起訴した検察の怠慢が一番の原因ですよ。その範囲でしか量刑を科すことが出来なくしてしまった」
渡邊幹事長は前回の公判で、裁判長・山口雅高に猛然と抗議したことで二日間にわたって東京拘置所に拘置され、今回の公判では傍聴席の最前列に陣取って裁判官や被告らに睨みを利かせた。
西村代表が支那人の性質に言及―。
「あれで執行猶予でも出ていたら李志は何食わぬ顔で、示談もせずにトンズラするつもりだったんだよ。
だから支那人というのは老獪で、ひたすら頭を下げられればお人好しの日本人はすぐに騙されるんだ」
公判の最中、終始つくった表情であるかのように沈痛な面持ちの李志が印象的だった。
休廷の後、判決が言い渡された。
「主文、被告人を懲役3年に処す―!」
…有罪判決が下されたことで、これまで李志が一貫してきた「自分が押したのではなく、仲裁人や駅員が割り入った衝動で被害者がホームから転落した」という主張は完全に退けられた。
しかしながら何ともやり切れない思いだ。
実刑判決とはいえ、たったの懲役3年。求刑5年に対して懲役3年の判決であることから検察側が控訴に踏み切ることはないのではないか。
李志の側が判決を不服として控訴し、次は執行猶予付きの判決が下されるかも知れない。しかも、控訴手続きに入ったことで再保釈が認められ、既に自由の身になっているものと思われる。
支那人の場合、人一人を線路上に突き落とし、全治不能の重傷を負わせた罪でこの程度である。
これは法治国家・日本で明らかに悪しき判例となったに違いあるまい。
今後、新たに支那人による同様の凶悪犯罪が続発するだろう。
警視庁のある警察官が語っていたことを思い出す。
「日本人の場合だとね、例えば殺傷事件で故意の犯行であるのか、そうではないのかを取り調べの段階で引き出すことは可能なわけ。
これが外国人になると厄介なんだよ。
取り調べも一種の心理戦だから。警察専属の通訳で、言葉のニュアンスで違いを聴き取れる者なら良いけど、取り調べの経験もない一般の通訳だとそれが出来ない。
ただ単に喋った言葉をそのまま訳すだけ。
だから外国人の場合は故意で突き落としたか、そうでないか(殺意があったか否か)を立証するのも大変なんだよ」
JR御茶ノ水駅事件は、また外国人犯罪を解明する複雑さ困難さを物語ってもいる。
控訴審に入っても我々は傍聴に向かい、地裁前または駅前などの街頭で支那・中国人犯罪の脅威を訴え続けるだろう!
法の名の下に、裁判で決まったことはどう足掻いても覆らない。
であるなら、こうした暗黒裡に進められた公判と司法の怠慢を周知させる以外にない。
それが国民としての使命であり、我々が為し得ることだからだ。
一人でも多くの方のご理解・ご賛同を求めてやまない。
東京・JR御茶ノ水駅警察官突き落とし事件
http://blog.livedoor.jp/samuraiari/archives/50978239.html
初公判
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第二回公判
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第三回公判
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第四回公判
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http://blog.livedoor.jp/samuraiari/archives/51124907.html
第五回公判
http://blog.livedoor.jp/samuraiari/archives/51134907.html
★李志裁判動画
ドガログ版
http://dogalog.excite.co.jp/viewvideo.jspx?Movie=48051149/48051149peevee172936.flv
YouTube版
http://jp.youtube.com/watch?v=teYxnGFhepM

常識的に考えても怒って当然、納得出来なくて当然です。そういう人たちの声を結集させることが急務です。



























