←ブログランキング応援クリックお願いします♪
★希に見る凄惨な交通�犇О��疊蛤瓠�
中国残留孤児2世の元バス運転手に懲役9年6ヵ月の実刑!




平成26年3月25日(火曜日)、群馬県の前橋地裁にて「関越道バス追突事件」の第14回目となる公判が開かれた。
この日は自動車運転過失致死傷罪などに問われた中国残留孤児2世の元バス運転手・河野化山被告(45歳)への判決の言い渡しが行なわれ、高山光明裁判長は懲役9年6ヵ月、罰金200万円(求刑懲役10年、罰金200万円)を言い渡したものである。
河野被告の罪は追突(自動車運転過失致死傷罪)の他、自分名義のバスを『陸援隊』所有として虚偽の申請を出し、無許可でバス事業を営んでいたことなど。
関越道バス追突事件は一昨年4月29日に発生。事件発生から1年余を経た昨年7月23日の初公判以来、14回目での決着となった。
7月に1回、9月に2回、10月に3回、11月には計5回、12月に1回、そして今年2月に1回の公判(論告求刑、結審)が行なわれ、このほど14回目となる公判で判決の言い渡しとなったものである。
関越道バス追突事件と前橋地裁前の行動カテゴリー
http://blog.livedoor.jp/samuraiari/archives/cat_50036405.html
夏の初公判から秋冬を経て、春での一審判決…思い起こせば感慨深い。第14回目となった今回の公判では計6名が抽選に並び、1名が当たって傍聴券を引き当てることが出来た。特に判決となった今回は約400名が抽選券を求めて傍聴に並ぶなど、最も競争率が高かったものだ。
これまで6〜7名で抽選に並んで全員がハズレになった「全滅」は計3回。14回のうち11回は2〜3名もしくは誰か1名が引き当てていたのだから「チームとしての勝率」は高かったほうか。
抽選後、『共同通信社』は裁判所の敷地内で抽選に並んだと思しき人たちに茶封筒を手渡していた。おそらく現金が入っているのではないかと思われるが、人気裁判でマスコミが傍聴席を押えようと、「並び屋」を動員するのは知られている。当たって抽選券を引き当てれば何千円、ハズレの場合でも何千円貰えるのか知らないが、マスコミ各社による「ダフ行為」が公然と行なわれていることを看過している裁判所のスタンスも問題ではないか?
判決を受けて河野被告側が控訴するのかどうかはまだ分からないが、いずれにしても前橋地裁での裁判は今回が最後となった。当日朝、東京より支援者が運転する車で群馬・前橋地裁へと向かったものだが、行きの車中で筆者(有門大輔)はウトウトと眠ってしまった。
高速道路でハッ!と目が覚めると、そこは関越道…しかも、あの防音壁への凄惨な追突事件が起きた現場のすぐ手前ではないか…!
やはり何かある…! そう決意を新たにしながら当日の地裁前での街宣活動と裁判傍聴に臨んだものである。
☆遺族の怒りと検察側による全面勝利!
「主文、被告人を懲役9年6ヵ月。罰金200万円に処す」
9年…と聞いた瞬間に懲役9年かと思ったら求刑懲役の10年に限りなく近い懲役9年6ヵ月。罰金は求刑通り。
正直、裁判結果は求刑をやや下回る懲役8年くらいかと予想していただけに、9年6ヵ月は意外だった(ただし未決勾留期間の400日は既に刑を終えたものとして算入されるという)。
7人が死亡、38人が重軽傷を負わされ、多くの方が一生にわたる障害を負わされた事件…。
被害者・遺族としては出来ることなら死刑を!…と叫びたいところだろうが(筆者としても思いは同じ)、現行法で定める刑の範囲内という意味においては最高刑の求刑がなされ、最長の実刑判決が言い渡されたと言えるのではないか。
被害者・遺族側からの意見陳述も行なわれた計14回に及ぶ公判の最中、時に法廷で涙して法廷外に響き渡りそうな怒声を張り上げた遺族らの怒りと悲しみが河野被告による責任逃れの主張を退けさせたと言えよう。
午後2時から始まった裁判だったが、被害者参加制度を利用して検察側の後ろに座った約10名のほか、傍聴席の3分の1が遺族らに優先的に割り当てられた。法廷内の被害者・遺族は約30名。これまでの審理では見かけたことのない方もおられた。
亡くなられた方の遺影も持ち込まれている。この辺り、裁判所側もかなり被害者・遺族に配慮するスタンスが周知徹底されてきたと言えるだろうか。
傍聴者が全員着席するや河野被告が3人の拘置所看守に連れられて入廷。この日ばかりは3人とも背が高く、体格の大きい看守ばかりだったので、小柄な河野被告がさらに小柄に見えた。
黒の上下スーツに、やや伸びた短髪という出で立ち。主文の判決が言い渡された後、着席するように言われ、2人の看守に挟まれて判決理由に聴き入る河野被告の表情は、次第に悲壮さを増していった。
☆バスの単独追突としては類例を見ない被害!
高山裁判長は主文となる判決を下すに至った要旨を述べ始める。
河野被告が睡眠不足と疲労のまま運転を継続したと断定。「追突を予測出来た」「早期に運転を中止させるべきところを、注意義務を怠った過失」を認定したものである。
まず、判決が下された「理由の要旨」だが、この裁判において追突の事実に争点はない。検察側が「眠気を感じていたのに運転を継続した」とするのに対し、弁護側は「SAS(睡眠時無呼吸症候群)が原因であった」と主張したものだ。つまり、河野被告が追突の直前、眠気を感じていたか否か。
しかし、河野被告は裁判が始まる前、警察や検察の取り調べの中で眠気を認める供述をしている。それを裁判が始まるや否定し始めたものである。
では、河野被告の供述に「任意性」はあったのか?
この辺りについて、高山裁判長は「河野被告が陸援隊でバス運転手を務めるとともに、無許可でバス事業を営んでいた」点に言及。多忙で睡眠不足に陥ったまま、夜間のライナー便の増発号の運転を務めたと断定。
当初、陸援隊の針生社長から北陸〜東京間の運転を依頼され、結局は断り切れずに運転をしている。
会社側が用立てたホテルにチェックインした後も、ホテルを出た後にバスの後部座席で仮眠しようとしながらも、河野被告が相次ぐ携帯の呼び出し音で、満足な睡眠をとれなかったとした。
事件直前、バスのスピードは短時間の間に時速60キロ〜100キロで推移しており、タコグラフを見た専門家は、その変化を「激しい」としていたものである。
この専門家は河野被告と利害関係などはなく、高山裁判長も「信頼に足る証言である」とした。
にも関わらず、河野被告サイドは審理中、「(河野被告が)一定の速度で走る訓練を受けていない」「カーナビを操作したため、足がアクセルから離れた」…などと主張していた。
絶対に罪を認めない「中国人」らしいメチャクチャな主張である。
河野被告は「警察や検察での捜査段階より『突然、眠ってしまった』と供述していた」「『疲れは感じていたが、眠気はなかった』とする供述を認めてくれなかった」と主張しているが、高山裁判長は捜査状況の精査や、起訴後の河野被告への調書において「眠気はなかった」という記載が無かったことに着目。
出廷した警察の捜査関係者や検察官の証言は信用に足るもので、「誤導はなかった」と判断。
実況見分を行なった警察車両のビデオカメラについても言及。音声こそ雑であったが、そこに写っている限りにおいて、「被告人に対して任意性を無くすような誤導はない」「任意で眠気を感じた旨を主張していたと認定出来る」とした。
河野被告は実況見分において「道幅が広くなった時に眠くなった」と具体的に述べるなどしている。
乗客がサービスエリアでハンドルに突っ伏している河野被告を目撃したとしているが、これが河野被告が眠気を実感していたことの何よりの証拠だろう。
SASについても、第5回公判で弁護側の要請により出廷した大学教授の専門家は、飽くまでも医学的見解としてSASには慢性的な寝不足から日中、突如として眠気を感じることなく居眠りに陥ることがあると証言したが、被告の主張を裏付けたり、補強するものではなかった。
「被告人の主張は信用出来ず、被告人は仮睡状態に陥る前に眠気を感じていた」
そのように断じた高山裁判長は、河野被告が眠気を感じながら漫然と運転を続け、乗客45名を乗せて走行したのであるから、誰よりも安全を期さなければならない河野被告によって甚大な被害が及んだと説明。「パーキングエリア(PA)やサービスエリア(SA)があったのだから、適切な対応はとれたはず。プロ・ドライバーとして許されない、非常識極まりない」と断罪した。
慢性的な睡眠不足のまま、針生・陸援隊社長への恩義を優先させた河野被告は追突を予測出来たはずであり、針生社長にも責任はあるが、河野被告の罪を軽減させるべき事由にはならない。
ガードレールやコンクリート壁など、高速道路上の設置物についても「落ち度はなく、被害を拡大させた責任に転嫁することは出来ない」と指摘。
「38名の乗客それぞれに障害を負わせ、肉体的・精神的な被害は重大。一瞬にして生命を奪われた人々、顔や身体に傷が残り、将来への希望を絶たれた人、それぞれの人生に与えた影響は大きく、家族を失った人々の悲しみは余人には想像もつかない。被害者・遺族の厳しい処罰感情は当然。
被告人の保険金で賠償の見込みがあることや、被告人に前科がないことを考慮しても主文の判決は当然」(高山裁判長)
以上で裁判は終了したが、事は河野被告一人を厳しく処罰して片付けられる問題ではない。バスの追突事件・事故は全国レベルで頻発している。こと関越道バス追突以降は運転手の「2人乗務制」が義務づけられ、ただでさえ慢性的な人手不足のバス業界はさらに人手不足で今後、追突事件・事故は多発するものと思われる。
それだけではない。河野被告のように国籍こそ日本であっても「実質中国人」のような帰化人運転手はバスの他、各交通機関に進出しているものと考えられ、プロ・ドライバーにあるまじき事態の頻発も憂慮されるだろう。
国による欠陥だらけの歪な制度改革とともに、これら実質外国人に免許証を与えたばかりか、人命に関わる交通に携わらせた国の責任を、どこかで厳しく追及しなければならない。
閉廷後、涙顔の河野被告が退廷した後、約30名の被害者・遺族も退廷。退廷の間際、遺族の一人ひとりが法廷に対して一礼していたのが印象に残った。

【関越道バス追突事件で亡くなられた方々】
ハセガワ・マヤさん(当時23歳 女性)
ミヤシタ・サチさん(当時19歳 女性)
ヤマセ・ナオミさん(当時44歳 女性)
ハヤシ・イクコさん(当時49歳 女性)
マツモト・チカコさん(当時29歳 女性)
イワガミ・クルミさん(当時17歳 女性)
キザワ・マサヒロさん(当時50歳 男性)
☆御礼
最後に、前橋地裁前での活動を継続出来たのは群馬県及び栃木県、そして埼玉県・東京都の有志らのご協力のお陰であり、この場を借りて篤く御礼申し上げたい。



←ブログランキング応援クリックお願いします♪
以下、引用ニュースより
高速バス、過労運転防止策進むも後絶たぬ事故
産経新聞 3月25日(火)20時0分配信
関越道ツアーバス事故を受け、国土交通省は過労運転防止に向け制度の見直しを進めてきた。
国交省は、運転手の負担を軽減するため、平成24年7月から夜間運転を対象に、運転手1人当たりの走行距離の上限を670キロから400キロに下げ、上回る場合は運転手の交代を義務付けた。これにより、東京−大阪駅間(516キロ)などで運転手2人態勢が取られることになった。
高速バスの事業形態の再編にも着手。以前は、決まった路線を運行する乗り合いバスと、旅行会社などが貸し切りバス事業者に運行を委託するツアーバスの2種類があったが、運行の責任主体などが曖昧となった関越道の事故を踏まえ、ツアーバスの業態を廃止、新たな乗り合いバス事業に一本化することを決めた。
しかし、今月3日に富山県の北陸道小矢部川サービスエリア(SA)で宮城交通の夜行バスが大型トラックに衝突、計2人が死亡するなど、高速バスの事故は後を絶たない。
以上
長距離のツアーバスの業態を廃止。限られた区間を走るバス路線が乗り入れる業態へと変化する兆しだろう。車社会と言えども、人が安易且つ安価で、短時間に長距離を移動する時代ではないのかも知れない。元より自動車の氾濫は外国人移民・労働者導入の口実にされるのみで、少子高齢化と人口減少、若年層の車離れが進む日本社会で今以上に車を氾濫させる必要性も少なくなってきている。
マイカーを使った長距離の通勤や国内外からの観光促進など、これまでの「統一的な日本」という国・社会の形まで変貌することを余儀なくされているのかも知れない。かつて日本もいくつもの国に分かれていたように。
★関連ブログ(在特連)更新情報!

3/23江戸川デモ動画集のご紹介!
http://ameblo.jp/arikadodaisuke/entry-11803966931.html

★在特連・新風連ブロガー同盟強化月間、実施中!!




←ブログランキング応援クリックお願いします♪




























