:拙ブログの昨年のナンペイ事件関連エントリー
2020年07月31日 ナンペイ強殺事件から四半世紀!
☆発生から26年が経過…
カルトと凶悪犯罪の「点と線」を追う!
東京都八王子市のスーパー『ナンペイ大和田店』で平成7年7月30日、女性店員ら3人が銃器で射殺された強盗殺人事件は本日、未解決のまま発生から26年目を迎えた。
このナンペイ強殺事件の翌年には東京・葛飾区で米国留学を直前に控えた上智大生が自宅で殺害される放火殺人事件が発生し、さらに数年後には同じく東京・世田谷区で一家4人が殺害される事件が発生しており、平成時代に東京都内で発生した「未解決3大事件」の一つとされている。
拙ブログでも毎年のように言及しているが、ナンペイ強殺事件ではアルバイトの女子高生2人と、パートの女性(同47歳)が殺害されているが、その手口は両手を後ろ手に縛った上、背後から後頭部を拳銃で撃っており、犯行の残忍さが凶悪且つ未解決事件での犯人像に想像を搔き立てられる。
事件当時の社会状況というのも不安定且つ殺伐としたものだった。平成7年と言えば同年1月には阪神・淡路大震災が発生しており、同3月には「オウム事件」が世間を震撼させた。
そういう時代背景の中で発生したのがナンペイ事件だが、事件当日は付近で夏祭りが催されており、いかに閉店後のスーパーとはいえ、犯人はよく人目にもつかずに闇夜に紛れて逃走を図れたものだと思ってしまう。
…ところで、前述のようにナンペイ事件が発生した同年にオウム事件が発生しているわけだが、「カルト教団」と「凶悪事件」は密接である。
前出の東京・葛飾での上智大生・放火殺人事件と、世田谷一家殺人事件にも背後にカルトの存在が指摘されており、それが事件解決を妨げる障壁だとして指摘する向きもある。
★NPO法人外追 公式サイト(広報)よりオウム(アレフ)への糾弾行動!
【東京】足立区カルト糾弾行動! 2020年06月06日
今まであまりと言うかまったく関連付けてこられなかったカルトとナンペイ事件を敢えて関連付けて考察してみたい。
…と言うのも地下鉄サリン事件など、一連のオウム事件が表面化する直前、オウム真理教の幹部信者が暴力団から拳銃を買い漁っていたことが実しやかに伝えられている。
オウム事件と銃器事件はあまり関連がないようにも思われるが、地下鉄サリン事件の直後に警察による一斉的なオウム教団施設への強制捜査が始まり、その最中に東京都内で国松孝次警察庁長官(当時)への狙撃事件が発生したことに留意しなければならない。
まだ地下鉄サリン事件が発生する以前、オウム信者が何のために拳銃を求めていたのか知らないが、オウムへの強制捜査は信者とその親族の拉致・監禁事件に端を発して元より予定されていたものだ。
地下鉄サリン事件の発生を受け、警視庁内部では強制捜査の延期も議論されたが、時の警視総監の強い指揮の下、予定通りに実施されたものである。
…拳銃には大別して回転式のリボルバーと、オートマチックの2種類があるが、オウム信者が買い求めたのは後者のオートマチック。
「同じ拳銃には変わりはないのだから」と一旦は引き取らせた回転式リボルバー拳銃について、「やはりオートマチックを…」とするオウム信者の要望に応じて「戻せ」として暴力団員との間で拳銃のやり取りがあったとされる。
この時に取引現場に現れたのが後に地下鉄サリン事件などにも関与して全国指名手配を受け、後に死刑判決を下されて刑を執行された然る幹部信者だったとされるが、何丁もの拳銃があちこちへと行き交う最中、その延長上で発生したのが回転式リボルバー拳銃が使われたナンペイ事件だったのではないかとも考えられる。
…飽くまでも推測だが、スーパー事務所の金庫にある現金には手つかずだったことから、犯人は現金強奪にのみ固執した犯行ではなかった。
殺害されたパート従業員から金庫の暗証番号を聞き出せなかったということもあるだろうが、多額の現金については「あわよくば」といった具合で、粗暴犯による拳銃の「試し撃ち」のような感覚で発生した事件なのかも知れない。
画像下:事件解決への情報提供を求める立て看板
…余談ながら銃社会の米国では、銃器を使った凶悪犯罪がダントツに多く、その原因を銃社会であるからと指摘する向きもあるが、国民皆兵のスイスでは一家に必ず銃器がありながらも銃器犯罪が皆無に等しいことから一概に銃器があることが凶悪犯罪とイコールであるとは言えない。
中東のイスラエルでは米国以上に銃器が国民に行き渡っていながら殺人事件は米国よりも遥かに少ない。
銃器の有無は殺人・凶悪事件の有無と必ずしもイコールではなく、こればかりは国民性の問題と言えそうだ。





































