◆ 動画紹介!令和6年4月15日 〜蕨市役所前〜 不法滞在クルド人追放と「4・28日本トルコ友情デモ」の告知!(配信:NPO法人 外国人犯罪追放運動チャンネル)
◇ 報告 4/15 IN市役所前
『NPO法人 外国人犯罪追放運動』 主催
蕨市から公園使用許可でデモ(4・28)開催が正式決定!
排すべき「多文化共生」の一方で、「自存」主義を貫く精神!
令和6年4月15日(月曜日)、我が『NPO法人 外国人犯罪追放運動』は埼玉県の蕨市役所(頼高英雄市長)前にて街頭演説活動を実施。
蕨市役所前での街宣はさる4月2日以来、約二週間ぶりで4月度に入ってからは2度目。前月度(3月度)から数えて合計6度目。
4月となり日中は連日の夏日。今回の街宣では熱を持ったスマホ機器の不調により、いつものLIVE配信が出来なかったことをまず謝りたい。
既に『日本第一党』による、来たる令和6年4月28日(日曜日、今年のGW初日)に西川口駅周辺(蕨市内)で開催されるデモ行進の「概要」は固まっていた。
…後はデモ行進の集合・出発場所(予定)となる『丁張公園』の使用許可を待つのみとなったが、今月上旬の(公園使用)申請から2週間近くが経っても4月15日(街宣当日)の段階で許可は下りていなかった(※)。
※この街宣の翌日となる4月16日(火曜日)午前中に蕨市役所(公園担当課)からの連絡で丁張公園の使用許可の正式決定が伝えられたものです。
不法滞在クルド人追放! 日土(日本トルコ)友情デモ行進 2024 in 川口エルトゥール号事件から150年、我が国とトルコの間に築かれた友情の架け橋は今なお続いています。しかし、この二国間関係にヒビを入れいている勢力がクルド人問題です。トルコ政府は彼らをテロリストとして認定しています。日本だけではなく世界各地で暴動テロを起こすクルド人とテロ支援者たちの妨害に屈せず、日本第一党は埼玉県においてトルコとの友情を謳うデモ行進を実施します。【実施日時】令和6年4月28日(日)14:00 集合14:30 デモ隊出発【集合場所】丁張(ちょうはり)公園(最寄り駅:JR西川口駅 東口)【生放送】日本第一党デモ・街宣チャンネルほかで中継予定https://www.youtube.com/@ch-rb5lt【総指揮】堀切笹美 (日本第一党 副党首)【現場責任者】有門大輔 (日本第一党 副幹事長)【取材申し込み】国内外メディアの取材希望は以下の問い合わせ先までhttps://japan-first.net/press/【注意事項】日本とトルコの友情を謳うデモになります。無関係の言動については厳に慎んで下さい。生放送・動画撮影が入りますので各自対応下さい。埼玉県警の誘導に従って行動して下さい。現場スタッフの指示に必ず従って下さい。指示に従わない、行動を乱す方は参加をお断りします。テロリストパヨク(テロパヨ)の参加は固くお断りします。当日、体調がすぐれない方は参加をお控え下さい。
15日の蕨市役所前街宣より前となる、さる4月14日にはJR蕨駅に隣接する川口市内にて、保守系市民団体による不法滞在クルド人及び極左テロ団体『PKK(クルディスタン労働党)』との関連が疑われるクルド人団体の追放を掲げたデモ行進が開催された。
遠方の人にはなかなか分かり難いかも知れないが、蕨と川口の隣接する両市は非常に入り組んでおり、JR蕨駅の周辺であっても川口市(つまり川口警察署の管内)であったり、逆に「JR西川口駅」の周辺であっても蕨市(つまり蕨警察署の管内)であったりする。
支那人(中国人)はじめ外国人住民だらけのマンモス団地として全国的に有名となった『芝園団地』はJR蕨駅に近いことからよく蕨市内と勘違いされることもあるが、同団地は川口市内。
:拙ブログの関連エントリー2024年04月14日 不法滞在クルド人問題と保守系デモ!
…デモ当日(14日)は『しばき隊』の総称で知られる極左もどきの「妨害集団」がやはり熾烈なデモ妨害を繰り広げていたものだが(※上画像)、当のクルド人たちに対しては然る市議会関係者から「デモへの過敏な反応を示すな」「(クルド人団体の本部事務所は)警察のガードで絶対に守らせるから」とする通達がなされていたようだ。
そのため、さる今年2月18日の保守系デモ行進への大挙動員のようにクルド人によるカウンター(デモ妨害)は確認されず、数人のクルド人が遠巻きにデモの様子に見入っているのが確認されたのみだった(※下画像)。
…不法滞在外国人問題とはクルド人に限ったことではなく、むしろ、その人数・コミュニティの規模としては支那人や朝鮮人、ベトナム人など他の外国人のほうが甚大で深刻であるが、ことクルド人の扱いは他の不法滞在外国人にも関わってくるだけにここで安易な妥協は許されない。
日本社会が今後、安易な妥協に基づく「共生理念」で行くのか…各自治体が日本国の問題として(共生の対義である)「自存」の精神を貫くのかが問われた問題である。